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大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)3123号 決定 1994年4月19日

債権者

北村真一

髙木清一

右両名代理人弁護士

出田健一

城塚健之

坂本団

債務者

鴻池運送株式会社

右代表者代表取締役

村田清一

右代理人弁護士

土井廣

主文

一  債権者らが、それぞれ債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、平成五年九月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月末日限り、債権者北村真一に対し月額金三五万〇三七三円の、債権者髙木清一に対し月額金三六万二三九六円の各割合による金員をそれぞれ仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  主文一項と同じ

二  債務者は、平成五年九月から本案判決確定に至るまで、毎月末日限り、債権者北村真一(以下「債権者北村」という。)に対し月額金三五万〇三七三円の、債権者髙木清一(以下「債権者髙木」という。)に対し月額金三六万二三九六円の各割合による金員をそれぞれ仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  基礎となる事実関係(争いのない事実等)

1  債務者は昭和五〇年七月三一日に設立された、資本金一〇〇〇万円のトラック運送業を営む会社であり、営業所を本店所在地、東大阪市東鴻池町(番地略)(東大阪営業所)、大東市新田西町(大東物流センター)の三か所においている。

2  債務者の経営陣は、代表取締役村田清一、その妻村田止子が監査役、長男村田守伸が専務取締役(以下「村田専務」という。)、二男村田充弘が常務取締役というように家族経営の会社である(但し、登記簿上村田止子は取締役、村田守伸は監査役である。)

3  平成五年八月二三日現在、債務者が雇用する運転手のうち、荷主が特定されている者(専属)が一七名で、荷主が特定されていないか又は荷主が複数の者(以下「フリー」という。)が五名(債権者らを含む。)、長距離大型運転手が一名であり、債務者の保有車両台数は二四台である。

4  債権者北村は平成四年二月一二日、債権者髙木は昭和六二年三月一日にそれぞれ債務者に雇われ、フリーの運転手(四トントラック乗務)として勤務していた。

5  債務者は平成五年八月二三日債権者らをそれぞれ解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

6  平成五年六月から八月分までの月額平均賃金は、債権者北村が三五万〇三七三円、債権者髙木が三六万二三九六円である。

二  争点

本件の中心的争点は、本件解雇の効力の有無にあり、債務者は解雇理由として以下のとおり主張する。

1  債権者北村の解雇理由

債権者北村は、

(一) 平成五年七月二九日、債務者の東大阪営業所の休憩室で同僚運転手らの面前で「二回転(二往復のこと)はしない、午後からの仕事はしない」と発言した。

(二) 同月三〇日、債務者の無線係に対し「得意先のキャビテックでの積み込み時間が長くかかるときは、荷物を放り出して帰る」と無線連絡してきたので、無線係が得意先に積み込みを早めて貰い、荷物を積み込んで帰ったけれども、午後からのキャビテックの荷物の配達を断り東大阪営業所に帰って来た。

(三) 同年八月四日、得意先の積樹製作所での宵積(午後からの得意先でのトラックへの荷物の積み込みのこと)の指示を受けながら、積み込み時間が午後四時ころとなり、遅くなるので嫌だと言って拒否した。

(四) 同月六日、得意先のサンエス製作所での宵積の指示を受けながら「何で俺が行かんならんのや、ほかの運転手に行かせろ」と言って拒否した。

なお、債権者北村は、翌日は仕事をせず、休憩室でブラブラしていた。

(五) 同月二一日、得意先の積水樹脂枚方配送センターでの宵積に行ったが、債務者の無線係に「午前中に積み込みが終わらないと帰る」と連絡してきたので無線係が得意先に無理を言って午前中に積み込んで貰った。

また、同日、債権者髙木とともに、村田専務に対し、賃金改訂案に同意した小垰運転手らを裏切り者と罵り、同人らを殴ってやる、蹴飛ばしてやると発言し、村田専務の注意に対しても、会社を一歩出たら自由や、とやかく言うなと発言した。

(六) 同僚らは、債権者北村が、勤務中、例えば課長が仕事上の連絡に来たときに、寝ころんだままの状態で聞き、返事をしないこともあるなど、自分本位で、好き勝手に発言し行動するので、一緒に仕事をするのを嫌がっており、債権者らが復帰するのであれば退職すると明言する者もいる。

以上のように、債権者北村は、労働意欲に欠け、債務者の業務上の命令にも従わず、同僚との協調性にも欠けるうえ、債務者の経営不振を知りながら、得意先の信用を害する発言や行動を繰り返すなどしたもので解雇理由がある。

2  債権者髙木の解雇理由

債権者髙木は、

(一) 平成五年七月二七日、得意先のフタバ食品へ行き、荷物の積み込みをするよう指示を受けながら「何で俺が行かんならん、小垰と決まっているやろう」と言って拒否した。

(二) 同月上旬、全従業員に対し、仕事中に無線を私的に使用しないよう注意されてこれを了解していたのに、同月三〇日、業務用無線を私的に継続して使用した。

そのため、小垰運転手が走行中の富田運転手と連絡が取れず業務に支障が出た。

(三) 同年八月六日、無線で得意先のサンエス製作所へ宵積に行くよう指示されたのに「何で俺が行かねばならんのや、他の運転手に行かせろ」と言って拒否した。

また、大東物流センターから和歌山へ行くよう指示されたがこれも拒否した。

(四) 同日、得意先のキャビテックに勝手に電話をし、債務者には二トン車があるのにもかかわらず「鴻池運送には二トン車がないので他の運送屋を紹介しましょうか」と述べた。

(五) 同月一七日、得意先のフタバ食品での仕事の指示を「そこへ行かんならんのやったら休む」と言って一旦拒否し、夕方になって仕事に就いた。

(六) 同月二〇日、荷主キャビテックの取引先森精機で、配送を依頼された際、暴言を吐いて断った。

そのため、荷主から「こういう運転手は困る」とのクレームがついた。

(七) 同月二一日、債権者北村とともに、村田専務に対し、賃金改訂案に同意した小垰運転手を裏切り者と罵り、同人を殴ってやる、蹴飛ばしてやると発言し、村田専務の注意に対しても、会社を一歩出たら自由や、とやかく言うなと発言した。

(八) 同僚らは、債権者髙木が、勤務中自分本位で、好き勝手に発言し行動するので、一緒に仕事をするのを嫌がっており、債権者髙木らが復帰するのであれば退職すると明言する者もいる。

(九) その他の事情として、<1>平成四年八月五日、債権者髙木が自己の無線機で友人と通話していたため、債務者からの連絡がつかず<2>平成五年八月二五日、債権者髙木が無断で債務者の倉庫の合鍵を造り所持していたことが判明した。

以上のとおり、債権者髙木は、職務に専念する意欲に欠け、債務者の業務上の命令にも従わず、同僚との協調性に欠けるうえ、債務者の経営不振を知りながら、売上げを減少させる行為などをしたもので解雇理由がある。

三  本件疎明資料及び審尋の全趣旨(争いのない事実を含む)によると以下の事実が一応認められる。

1  債権者らの経歴等

債権者北村は、債務者に雇用される以前にも約一四年間運転手の経験を有する者であり、債務者の従業員の幹事に選ばれ、経営上の相談を受けたこともあった。

債権者髙木は、学生のころからアルバイトで債務者に勤務し、村田専務から誘われて債務者に雇用され、水揚げトップになったり、無事故表彰を受けたこともあった。

2  本件解雇に至る経緯

債権者らフリーの運転手の賃金は、もと本給、皆勤手当、職務給などの固定給(二二万七〇〇〇円)に、売上の二〇パーセントの歩合給(売上最低保障七〇万円)を加えた金額(但し、高速道路使用料は六〇パーセントが会社負担、四〇パーセントが従業員負担)であったところ、平成五年二月下旬、債務者は債権者らに対し、歩合給の売上最低保障額を六五万円にすることを申し入れた。

債権者らは、債務者がもっと営業活動に力を入れる、配車を効率的にする、得意先での仕事の状況の改善をすることなどを了承したので減額に応じ、同年四月から実施された結果、債権者らは売上げが最低保障額に達しない月には月額一万円の減収となることになった。

ところが、債務者は、同年七月下旬、最低保障制度を廃止することを申し入れてきたが、債権者らはこれを拒否し、その後八月に入って協議を続け、債権者らからも対案を出すなどしたが合意に至らなかった。

債務者は、同月二三日当初の案を示し、これをのまなければ解雇するとして即答を求めたので、債権者らは数時間後に会社案を承諾する旨回答したが、村田専務は「もう働いて貰わないで結構です。」と言って解雇を告げ、翌日内容証明郵便で重ねて通知してきた。

なお、この賃金交渉の過程でフリーの中村運転手が配車係となってフリーの賃金体系からはずれ、債権者らと同じ立場で交渉していた小垰運転手がキャビテックの専属になることで債務者の案を受諾した。

3  債権者北村に対する解雇理由について

(一) 平成五年七月二九日、東大阪営業所の休憩室において、運転手らが雑談中、誰言うとなしに「二回走っても、三回走っても同じだ。」と言う旨の発言があり、債権者北村もこれに同調したことがあった。

(二) 同月三〇日、債権者北村が得意先のキャビテックから一回は荷物を積み込んで来たが、午後からの配達を断り、代わりの運転手が配達をしたことがあった。しかし、予め村田専務に対し、早く帰宅したい旨を伝えており、債務者の了解を得て無線で確認したうえ行動した。

(三) 同年八月四日、債権者北村が村田専務から「積樹製作所の宵積みの仕事があるから行ってくれないか」と言われた際、「遅くなる。」と答えたところ村田専務はこれをすぐに撤回した。

(四) 同月六日、債権者北村が村田専務から「サンエス製作所に宵積みに行ってくれないか」と言われたが、「小垰に行って貰ったら」と答えたところ、村田専務はこれをすぐに撤回した。

(五) 同月二一日、債権者らと債務者の経営者らが賃金改訂問題について話し合った際、小垰運転手は債務者の提案をのんだと聞かされ、債権者らが、それまで同じ立場で債務者と交渉していた小垰運転手に対する怒りの発言をした。

4  債権者髙木に対する解雇理由について

(一) 平成五年七月二七日、債権者髙木が村田専務から「フタバ食品へ行ってくれないか」と言われたのに対し「あれ小垰と決まってたのではないか」と答えたところ、村田専務は何も言わずに小垰を業務につかせた。

(二) 同年八月六日、債権者髙木が村田専務から無線で「サンエス製作所に行ってくれないか」と言われたが、時間の確認がされてないことに疑問を述べたところ、村田専務が無線を切ったことがあった。

また、同日、債権者髙木が西田課長から無線で、大東物流センターから和歌山へ行くよう指示されたが、同債権者が理由を尋ねたところ、村田専務が右指示を撤回したことがあった。

(三) 債権者髙木が倉庫の合鍵を持っていたが、洗車機の電源や冷凍車のモーターのスイッチが倉庫の中にあってこれを開ける必要が生じることもあった。

なお、債務者が債権者髙木の解雇理由として主張する事実のうち、(二)、(四)、(六)は、本件全資料によってもその疎明はなく、(五)は、結局債権者髙木が指示に従ったことは債務者が自認しており、(七)は、債権者北村について認定した(五)と同じであり、(八)は、主張自体抽象的であり、それだけで解雇理由にあたるということはできない。

四  判断

1  債務者は、債権者らが、債務者の業務上の指示に従わないこと、勤務態度の悪いことなどを本件解雇の理由として主張するが、債務者は債権者らと本件解雇直前まで賃金改訂交渉をしていて、債権者らがそれを受諾すれば当然雇用関係を継続する意思であったことが窺えるうえ、債務者が離職票に具体的な事情として、賃金条件が折り合わないためと記載していること、解雇を告げた際には勤務態度などについて触れていないこと、解雇理由とする事実が債権者らの賃金体系の最低保障制度の廃止を提案した以後の出来事を中心としていることなどからすると、債務者は、債権者らが賃金制度の改訂に容易に応じようとしなかったことを主たる理由として本件解雇をなしたものといわざるを得ない。

しかし、就業規則や賃金規則の全くない債務者と債権者らの間において賃金制度の改訂に応じないことが直ちに解雇理由となり得ないことは明らかであり、債権者らが債務者から諾否を迫られて最終的には債務者の改訂案を受諾する意向を示したのになされた本件解雇の効力は、この点において問題があるといえる。

そして、債務者が本件解雇の理由として主張する事実について検討しても、

債権者北村の解雇理由について認定した事実のうち、(一)は、労働意欲に欠けることを窺わせるとしても、従業員が仲間うちで語り合った言葉に過ぎず、それだけで解雇理由とはならないし、(二)ないし(四)は、いずれもその指示が簡単に撤回されており、債務者がそれらについて債権者北村に明確に注意をしておらず、業務に具体的な支障が生じなかったことは債務者も自認しており、業務命令違反とはいい難く、(五)は、債務者提案の賃金改訂について、フリーの運転手として債権者らと同じ反対の立場を取っていた小垰が、これを受諾したと聞かされ、これに対し怒りを禁じ得なかったことから発せられたもので、現実に暴力を振るうことはなかったのであるから、これも解雇理由とすることはできない。

債権者髙木の解雇理由について認定した事実のうち、(一)及び(二)は、いずれもその指示が簡単に撤回されており、債務者がそれらについて債権者髙木に明確に注意しておらず、業務に生じた具体的な支障は明らかでなく、業務命令違反とはいえず、(三)は、債務者髙木が倉庫の合鍵を持っていたことにも一応の理由があることを示すものである。

2  以上の認定及び判断を総合すると、債務者が小規模の企業であり、債権者らの言動に従業員との調和を計るうえで問題があるなどの事情を考慮しても、本件解雇はいずれも解雇権の濫用にあたり無効であるといわざるを得ない。

そうすると、債権者らは、依然として債務者の従業員たる地位にあるところ、これを争う債務者の態度に照らせば、債権者らがそれぞれ債務者に対し地位保全をする必要性のあることが一応認められる。

3  また、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者北村は妻と二人の子供の四人家族、債権者髙木は妻と子供一人の三人家族でそれぞれ債務者から支給される賃金により生計を維持していることが認められ、賃金の支給を停止されたことにより、それぞれ自己及び扶養家族の生活に重大な危険が生じていることは明らかである。

これらの事情を総合すれば、本件解雇の後である平成五年九月から本案の第一審判決の言渡しの日まで、毎月末日限り、債権者北村に対し月額金三五万〇三七三円の、債権者髙木に対し月額三六万二三九六円の各割合による金員の仮払いを受けさせる必要があるというべきである。

五  結論

以上の次第で、債権者らの本件仮処分命令申立ては主文一、二項記載の限度で理由があるから、それぞれ担保を立てさせないでこれを認容し、その余は失当として却下することとする。

(裁判官 井筒宏成)

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